1. 2つの取り崩し方 — 定義と具体例
資産3,000万円で引退し、「4%」を取り崩す場合を考えます。同じ「4%」でも、2つの方式では意味がまったく異なります。
定率取り崩し:毎年、その時点の残高の4%を取り崩す。残高3,000万円なら120万円、残高が2,000万円に減れば80万円。
違いが現れるのは、相場が動いたあとです。たとえば初年度に120万円を取り崩した残り2,880万円が20%下落して2,304万円になったとします。翌年の取り崩し額は——
- 定額:変わらず120万円。ただしこれは減った残高の約5.2%に相当し、実質的な取り崩し率が上がってしまう。
- 定率:2,304万円 × 4% = 約92万円。生活費は前年比で約23%減るが、取り崩し率は4%のまま。
つまり定額は「生活費を守って資産にリスクを寄せる」方式、定率は「資産を守って生活費にリスクを寄せる」方式だと言えます。
2. 過去データ(1928–2025年)で比べる
当サイトの4%ルール検証ツールと同じデータ(株式=S&P500配当込、債券=米10年国債、物価=CPI、1928–2025年)を使い、取り崩し率4%・期間30年・株式50:債券50(毎年リバランス)で、過去のすべての開始年(69通り)について両方式を比較しました。定額はインフレ連動(実質)ベースです。
| 比較項目 | 定額(実質・4%) | 定率(4%) |
|---|---|---|
| 30年以内の枯渇 | 69回中5回(成功率 92.8%) | 0回(構造上枯渇しない) |
| 毎年の取り崩し額(実質) | 常に一定 | 変動。最悪の開始年(1966年)では 一時、初年度の約40%まで減少 |
| 取り崩し額の最低水準 (開始年ごとの最低値の中央値) | 初年度の100% | 初年度の約71% |
| 30年後の残高の中央値 (初期資産=100) | 約342(枯渇しなかったケースのみ) | 約322(最小でも約172) |
なお「定率は枯渇しない」のは、残高に率を掛ける以上ゼロにはならないという計算上の性質です。残高が大きく減れば取り崩せる金額も生活に足りない水準まで減るため、「枯渇しない=安心」ではない点に注意してください。
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3. 定額取り崩しの長所と短所
長所:生活設計がしやすい
最大の利点は毎年の生活費が読めることです。特にインフレ連動の実質ベースなら生活水準を一定に保てる建て付けで、年金や固定費と組み合わせた家計設計がしやすくなります。トリニティスタディをはじめ、取り崩し研究の多くがこの方式を前提としています。
短所:枯渇リスクとシークエンス・リスク
相場が下がっても同じ金額を取り崩し続けるため、下落局面では残高に対する取り崩し率が自動的に上がり、資産の回復を妨げます。取り崩し初期に暴落や高インフレが来ると枯渇しやすくなる「シークエンス・リスク」の影響を、2方式のうちでより強く受けます。上の検証で枯渇した5回は、いずれも1964〜1969年という高インフレ時代の入り口に取り崩しを始めたケースでした。
4. 定率取り崩しの長所と短所
長所:資産が長持ちし、相場に自動で順応する
下落時には取り崩し額が自動的に減るため、資産の回復余地を残せます。「相場が悪いときは支出を絞る」という調整が仕組みとして組み込まれているとも言えます。また残高に率を掛ける方式なので、計算上資産がゼロになることはありません。
短所:収入が変動し、しかも減るのは暴落時
毎年の取り崩し額は資産残高と連動して変動します。厄介なのは、収入が減るタイミングがまさに相場の悪いときだということです。過去データの最悪ケース(1966年開始)では、インフレ調整後の取り崩し額が一時、初年度の約4割まで低下しました。生活費の大半を取り崩しに頼る人にとって、これは現実には耐えがたい変動です。逆に、資産が積み上がる好況期には取り崩し額が増え、使い切れないお金が残りやすい面もあります。
5. 「枯渇リスク」と「収入変動リスク」のトレードオフ
両方式の違いが最も鮮明に出るのが、定額が枯渇した1968年開始のケースです。
| 1968年に取り崩し開始 (4%・50:50・30年) | 定額(実質) | 定率 |
|---|---|---|
| 結果 | 28年目(1995年)に枯渇 | 30年後の残高は初期資産の約5.5倍(名目) |
| 取り崩し額(実質) | 枯渇まで一定 | 最低で初年度の約43%まで低下 →30年目には初年度水準まで回復 |
定額の人は「毎年同じ生活」を27年間続けた末に資産が尽きました。定率の人は資産を残せた代わりに、1970〜80年代の高インフレ期には実質的な生活水準が半分以下に落ちています。どちらのリスクが自分にとって致命的か——それがこの選択の本質です。
6. 実務での使い方 — 折衷案と日本の証券会社のサービス
折衷案:変動に上限・下限を設ける
定額と定率は二者択一ではありません。米バンガード社は、定率をベースに前年比の増減に上限(ceiling)と下限(floor)を設けて生活費の激変を抑える「ダイナミック・スペンディング」という折衷案を提示しています。「基本は定率、ただし前年から◯%以上は減らさない」といったルールにすることで、両方式の欠点を部分的に緩和できます。
日本では自動化サービスも(2026年7月時点)
日本の主要ネット証券には、保有投資信託を毎月自動売却する「定期売却サービス」があります。楽天証券は2019年から金額指定(定額)・定率指定・期間指定の3方式に対応。SBI証券も2025年12月に定率指定・期間指定を追加し、NISA口座での設定にも対応しました。手動で売却する手間や「売るのが怖くて取り崩せない」心理的ハードルを下げる手段として使えます(各サービスの仕様・対象商品は必ず最新の公式情報を確認してください)。
なお、当サイトの取り崩し系ツールは方式ごとに対応が異なります。4%ルール検証は定額(実質・名目)を過去実績で、モンテカルロ取り崩しは定額・定率を確率試行で、つみたて取り崩しは定額・定率を決定論で計算します。手法の違いはシミュレーション3手法の記事をご覧ください。
7. まとめ
- 定額は生活費が安定する代わりに、下落局面で実質的な取り崩し率が上がり枯渇リスクを負う。過去データ(4%・30年・50:50・実質)の成功率は92.8%。
- 定率は計算上枯渇しない代わりに、相場の悪いときほど収入が減る。最悪の開始年では実質取り崩し額が一時6割減まで落ちた。
- 選択の軸は「枯渇リスクと収入変動リスクのどちらが致命的か」。年金など固定収入の有無が大きな判断材料になる。
- 上限・下限付きの定率(折衷案)や、証券会社の定期売却サービスによる自動化も選択肢。
- まずはツールで、自分の資産額・期間・配分で両方式の「幅」を確かめるのがおすすめ。
出典・参考文献
- Bengen, W. P. (1994). "Determining Withdrawal Rates Using Historical Data." Journal of Financial Planning, 7(4), 171–180.(定額・実質方式の原典)
- Cooley, P. L., Hubbard, C. M., & Walz, D. T. (1998). "Retirement Savings: Choosing a Withdrawal Rate That Is Sustainable." AAII Journal, 20(2), 16–21.(通称トリニティスタディ)
- 株式・債券リターン: Damodaran Online(NYU Stern)
- 物価上昇率(CPI): US Inflation Calculator(BLS CPIベース)
- 比較シミュレーションの数値: 当サイト「4%ルール検証ツール」と同一データ・同一手法(年初取り崩し→残額を毎年リバランス運用)による集計(1928–2025年、開始年69通り)
- Vanguard. "Spending strategies in retirement"(dollar-plus-inflation/percentage-of-portfolio/dynamic spendingの整理)
- 楽天証券「投資信託 定期売却サービス」(金額・定率・期間指定)
- SBI証券「投資信託『定期売却サービス』機能拡充実施のお知らせ」(2025年12月、定率・期間指定とNISA口座対応を追加)